【小説】ねこミミ☆ガンダム 第3話 その4女王のマシンドールは空を昇った。 均は足元を見た。地上が小さくなる。目が回った。 耐えきれず声をあげた。 「とめてくれっ!!」 均は、高いところを移動する、はやい乗り物が苦手だった。安全なのはわかっても、動いている感じが、もうイヤなのだ。 苦手を克服するため、遊園地のジェットコースターに英代と繰り返し乗ったこともある。結果は、医務室で閉園まで介抱されるという散々なものだった。 全面をモニターで囲まれたコックピットの中では、身ひとつで空を滑っているようなものだ。均が、もっとも苦手とする乗り物だった。 「ポチ! やっと二人きりになれたわね!!」 女王は上機嫌でいった。 「どう? 新型機の空の旅は。楽しいでしょう!」 女王は機体をロールさせた。ふいに、天と地がひっくり返る。 「うぶっ……!!」 均のストレスが限界を越えた。頭から血が引く。全身の汗が冷たい。 女王はいった。 「この空や海、大地だって、私たちのものなのよ!!」 均は、やっと声を出した。 「もうっ……ムリっ……!!」 「フフ……! ポチったら……」 女王は、細い目に笑みを浮かべた。 「そんなに怖かったら目を閉じてらっしゃい。すぐに着くから」 言われた通りに目を閉じた。が、恐怖は増すだけだった。 目を開けて女王に抗議しようとした――そのとき、均は、いうべき言葉が出てこないことに気づいた。どんなに頭を動かしても、言葉だけが浮かんでこないのだ。 こんなことは以前にもあった。 小学生のころ、友だちと買い物をしたあとに町を歩いていると、数人の上級生に声をかけられた。言われるままついていくと路地裏に連れ込まれ、そこでお金を要求された。断った友人は、上級生に殴られて動けなくなってしまった。 その時も、均は言葉を失った。そればかりか、恐怖のあまり、自分が何をしているのかもわからなくなってしまった。 言葉と表情をなくした均をふざけていると思ったのだろう。上級生は、均をつかみ上げ、殴りつけようとした。 そこに突然、英代が駆けあらわれた。 当時、空手をならっていた英代は上級生たちをあっという間に倒してしまった。流れるような体さばきは、戦っているというより、まるで決められた〈舞〉をまっているかのようだった。 あとから聞けば、英代も「こわかった」というが、均にはとてもそんな風には見えなかった。 友人を起こしてすぐにその場をはなれたが、そのときの英代の神々しいまでの舞は、均の頭に焼きついてはなれなかった。それから、均は、英代に一生ついていこうと心に決めたものだった。 「ひ……英代……!」 均がやっと口にできた言葉は、それだけだった。 「……ポチ?」 女王の顔がゆっくり変わっていった。やがて、別人のような怒りの表情になり、声を荒げていった。 「ポチッ……! その名前を私の前で言わないでっ! 絶対……! 絶対にっ!!」 そういわれても、今の均が口に出せる言葉は、それしかなかった。 「ひ、英代っ……!!」 女王は、音が立つような勢いで、頭上の耳の毛を逆立てた。 「ポチッ!! シャラアアァァァップ!!」 ふたりの乗るマシンドールがきりもみしながら落ちていった。海面にぶつかる寸前、噴き上がるように上空にまい昇った。 女王は絶叫した。 「ドントラフッ!! シャラアアアアアァァァァァァァッップ!!」 コックピットが激しく揺れた。 ついに、均は、どこで何をしているかもわからなくなった。 英代はシロネコのコックピットにいた。 海上を飛ぶ大型輸送機。中は大きな格納庫のようになっていた。そこにシロネコは、あお向けに寝かされていた。 輸送機は高速で女王を追っている。揺れはほとんど感じないが、機体の動いてる感覚はあった。 操縦しているのは夏恵來だ。その横ではニアが補助についた。 後ろの席には杏樹羅がいた。操縦席から見える空を渋い表情でながめている。 夏恵來が首だけ後ろに向けていった。 「杏樹羅さん。拠点に着いたばかりでお疲れなら、休んでくれていてもよかったのに」 杏樹羅は表情をゆるめた。 「そういうわけにはいかないでしょ。シロネコなんて危ないものを動かすんだから。大人がついてないと……」 計器類を見ていたニアがいった。 「……おっ! 広域レーダーに反応あり。女王のマシンドールです。あまりスピードを出してなくて助かりましたね」 夏恵來はヘッドマイクに向かっていった。 「英代ちゃん! 心の準備は?」 「さっきからOKです!」英代はこたえた。 杏樹羅が身を乗り出してマイクにいった。 「本作戦の目的は、女王に連れ去られた少年を連れ帰ることです。要するに、これ以上、事を大きくするなってことよ」 「いっそ女王をさらってしまうのは?」英代はきいた。 「それができないって言うの」 杏樹羅はさとすようにいった。「今日、私たちは、たまたま空を飛んでいたら、うっかりシロネコが足を滑らせてしまい、運良く女王のマシンドールの上に落ちて、偶然、居合わせた同級生の友だちを連れて帰ることになる。それだけです」 「めんどくさいですね」 「そうでもしない落としどころがないでしょ」 「由利亜さんだって、まだ捕まったままなのに……」 「由利亜のことは、また別ルートでやらせています。だから、今回は……ね」 「はーい」 「英代さんの働きに期待しています。くれぐれも無茶はしないよう。また、絶対に敵の挑発には乗らないように」 「大丈夫ですよぉ」 「心配だわ……」 ニアがいった。「ターゲットの上空、約500メートルまで来ました」 夏恵來がいった。「シロネコ、投下準備よし!」 ニアが、前面のコンソールを操作していった。 「トミノスキー粒子を散布しています。粒子の影響で、この空域には強い電波障害が生じます。以後、無線通信と一部のレーダーは使えなくなります。ご注意ください」 「了解です」 「また、粒子による電波障害は、ごくせまい範囲に、短時間しかないことにも注意してください」 夏恵來が頭上のコンソールを操作した。「これよりシロネコを投下する。自由落下しながらターゲットのマシンドールに取りついてくれ」 「取りつけなければ?」 「そのまま海に落ちてくれ。あとで回収する。救出作戦は、また今度だな……」 ニアがいった。「飛行する相手の動きを読むのには、〈未来予測センサー〉がサポートしてくれるはずです。センサーの指示を参考にしてください」 「わかりました!」 「カウントする! 5、4、3、2……シロネコ投下!!」 夏恵來がレバーを引くと輸送機のハッチが開かれていった。シロネコは、足からすべるように空に飛び出した。 シロネコは空を落ちていった。 上空2000メートルは景色が変わらず、体にかかる圧がなければ止まっているかのようだ。 眼下には、マシンドールの白い機影が小さく見えた。 女王の〈ニャベレイ〉だ。 こちらには気づいていない。が、どうしたわけか、前後左右にめちゃくちゃに動いている。 近づくにつれ、ニャベレイの動きが速くなった。落下しながら捕まえるのは、かなりむずかしそうだ。 ふいに、電子音がなって、モニターに青い影が映し出された。 影は女王のニャベレイをかたどっている。実体の動きをわずかに先取りして動いているらしい。ニアのいっていた未来予測センサーの表示だ。 青い影が本体を残し、左側に大きく動いた。 英代は、思い切ってシロネコを左に動かした。 ニャベレイは右側にいる。このままでは女王に触れることもできず、海に落ちてしまう。と、その時、ニャベレイが青い影に吸い込まれるように近づいた。 大きな衝撃とともに、シロネコはニャベレイの背中に取りついた。 「何だ!?」 コックピットにひびいた振動と異音に、女王は声をあげた。 目の前に空間モニターが開いた。 英代の顔が映し出された。 「あら~! 女王、久しぶり! 元気してた?」 「うあぁっ!!」女王はおどろいた。「な、なぜ貴様っ!? どこからっ!!」 「うっかり飛行機から足をすべらせちゃったら、偶然、あなたの上に落ちたのよ」 「何を言っている!? アホか!!」 英代は、わずかに目の上をひくつかせながらいった。 「均もいるんでしょ? ちょっと出してよ」 「なっ……! そんなものはおらんっ!!」 ニャべレイの背の上で、シロネコは右拳をかかげた。振り下ろした。 ニャベレイの頭が半分の大きさにへこんだ。 「あ、ごめんなさい。どこにつかまればいいのか……」 「降りろっー!!」 殴った衝撃でカメラがずれたのか、女王のとなりに座る均の姿がモニターに映り込んだ。 「やっぱいるじゃない」 「なぜわかった!?」 「女の勘です」 「ポチは、これから私とハワイに行くのだ!!」 英代はかまわずいった。 「均! あんたが心配で、おばさんが倒れたって! はやく帰るよ!!」 均は、イヤともイイともいわず、ぼんやりしたままだ。その顔は、おだやかそうでもある。 「均……?」 「ほうら! ポチも、私といっしょに行きたいようだな!」 「あのねぇ……」 英代はあきれ顔でいった。 「均は、ジェットコースターみたいな乗り物が苦手で、無理して乗ってるとパニック症みたいになるのよ」 「なに……!?」 「さっさと降ろしなさいっ! これ以上、悪くなったらどうするの!!」 女王は顔を赤くした。ブルブルと震えながらいった。 「降りるのは貴様だっ! 山本英代!!」 女王のニャベレイがきりもみするようロールした。何度も天地がひっくり返る。 上下のなくなったコックピットで英代は声をあげた。 「やめろって言ってんでしょ!!」 ニャベレイの背でシロネコが腕に力を込める。と、ニャベレイの翼のように大きな肩当てのひとつが取れた。 「あれ、こいつ弱いわ」 「何をするかぁっ!!」 ニャベレイがバランスを崩した。回転しながら高度を下げる。海面にぶつかる寸前、機体がもち上がった。 「……女王さまっ! 女王さまっ!!」 ふいに、女王のコックピットに通信が入った。 「いかがなされました!!」空間モニターにネコミミ家臣の顔が映った。ノイズまみれの声がいった。「空域に電波障害が発生しております! 通信が途切れておりました!!」 女王は、英代との通信を切った。苦い表情で家臣にこたえた。 「山本英代だ! 空から来た! ポチを降ろせなどと言っている……!!」 「何てこと……」 「こいつを海に振り落とす! 今日こそ決着をつけてやるっ!!」 家臣はいった。 「お待ちください! 女王さまの乗るニャベレイは空戦専用機。シロネコとの格闘戦では到底かないません!」 「なら、どうしろと言うのだ!!」 「テロリストの言うことを聞くのです。ポチさまを引き渡すと言って……」 女王は声をあげた。「ポチを引き渡すことはならん!!」 「わかっております。そう言って、山本英代とシロネコを近くの無人島に誘い込みます。島には軍の精鋭を可能な限り集め、そこで一気に――」 女王は声を落とした。 「できるのか。時間はないのだぞ……!」 「全軍に召集命令を出します。ヴァネッサ将軍の部隊は間に合うはずです。近くには、太平洋島しょ方面を防衛する部隊もございます」 電波障害で交信が消えかかった。「女王さまは、できうる限り時間をかけて、指定する場所にお移りください……」 通信が切れた。 艦艇の指令席から立ち上がり、ネコミミ家臣は声をあげた。 「全軍に通達! 可能な限りのマシンドールを指定ポイントに集結させよ! 女王さまの専用機を奪った山本英代、シロネコとの決戦である!!」 全軍に発せられた緊急通達を受けて、ネコミミ将軍は直属の部隊を呼び集めた。 超高速艇で沖縄を発ち、ほどなく指定ポイントの無人島に到着。部隊を展開した。 島には白い砂浜しかなかった。コバルトブルーの珊瑚礁にかこまれている。面積は約4万平方メートル。東京ドーム1個分の広さだ。 将軍直属の精鋭部隊が駆る最新鋭のマシンドール約30機が整然と並んだ。傷ひとつない灰色の装甲が、にぶい光りを返す。 部隊の中心に、通常のマシンドールより3倍は大きな深紅の巨体があった。ネコミミ将軍の巨大マシンドール〈ニャンコ・ニャンダム〉だ。 ネコミミ将軍は〈ニャンコ〉のコックピットから、島全体を見下ろした。 「全軍に召集などと言っても、俺の部隊しかいないではないか」 戦力としては充分である――と、いう自負が声にはあった。 見なれぬ揚陸艦が浜に着いた。10機ほどのマシンドールが島に降りてきた。太平洋島しょ方面を防衛する部隊だ。 将軍のコックピットに空間モニターが開いた。若い士官がネコミミ式の敬礼をしていった。 「太平洋島しょ方面部隊。召集を受けて馳せ参じました!!」 若い士官は緊張したようすでいった。「将軍! ご一緒させていただき、光栄であります! 故郷の母に聞かせれば、腰を抜かしておどろくことでしょう!!」 将軍は表情をゆるめた。 島しょ方面部隊といっても、若い士官の研修所のようなものだ。精鋭に比べれば微々たる戦力でしかない。しかし、若者は、ここにいるだれよりも意気を感じさせた。 青年のはっきりした物言いは恐ろしい。が、それ以上にほほえましかった。 将軍はいった。 「お母上は、ご健在であるか」 「はっ! ピンピンしております!」 「努めて良いみやげ話にしろよ」 「ありがとうございます!!」 若い士官は破顔した。 決戦を前に、歴戦の部下たちも顔をほころばせた。 部下のひとりがいった。 「中東方面司令が部隊をひきいて到着されます。本日、ネコミミ☆ジャパンを訪れるところを、急きょ予定を変更して召集に応じて下さいました」 「ほう……」将軍は細く息を吐き出した。「〈砂漠の風〉は決戦に間に合ったか。まったく、つくづく運のいいやつだ。これで、また勲章が増えるのだからな」 皮肉に部下たちも笑った。 砂色をした高速飛行艇から、十数機のマシンドールが次々と降りた。スラスターを噴かせ、巨体がゆっくりと足を着ける。 マシンドールは精鋭部隊と同じ最新鋭の機種だ。が、その装甲には古い砂ぼこりが、べったりとこびりついていた。 青い装甲をしたマシンドールが最後に降り立った。操るのはネコミミ王国軍、中東方面最高司令官だ。 中東で華々しい戦果を上げ、その報告のためにネコミミ☆ジャパンを訪れる途上、召集にあった。 ネコミミ将軍直属の精鋭部隊が白い砂浜に並んでいる。コックピットからそれを見て、ネコミミ司令は思わず声をあげた。 「そうそうたるものだな……。これでは時差ぼけした我々が来ることもなかったか……」 案内をつとめた他部隊の若い士官が空間モニターにあらわれた。 「指揮を取るマルティナさまは、まだまだ足りないと申されています」 「これでか! 化け物でも来るんじゃないだろうな……」 「女王さまの専用機を奪ったテロリストは、それほどの相手であるようです」 しかし、若い士官は迷いなくいった。「ですが、将軍と司令、我が軍の双頭とも称されるお二人がそろえば、かなうものなどおりません」 「しばらく顔を見せなかった間に、ずいぶんと買われるようになったものだな」 ネコミミ司令の部下たちも笑った。 若い士官はいった。 「あれだけ複雑な紛争をかかえた中東地域を平定した手腕――。今や、司令の名を知らぬものは王国におりません」 「中東か――」 司令は懐かしそうにいった。「あそこでは政治家のようなことばかりやらされたよ。おかげでマシンドールの乗り方なんて、すっかり忘れてしまった……」 白い砂浜と、それを囲む大海原を見渡した。「こんなわびしい小島に名をとどめたくはないものだな――」 長年、連れ添った部下らが「司令は、われわれがお守りします」と、楽しそうにいった。。 「ご謙遜が過ぎます」若い士官がいった。「司令は、マシンドールパイロットとしても、将軍に肩を並べられるほどの技量と実績をお持ちです」 「そうだったかな……」 謙遜のつもりではなかった。若者は、まだ歳をとったことがない。わからないのも仕方なかった。 ふいに、士官は声を落とした。 「いえ、戦士としても司令官としても、あるいは将軍を越えられるのは司令しかいない、と……。我ら若手士官の間では、そう考えるものも多くおります……」 「……バカなことを!!」 司令は声をあげた。「我が軍のナンバーワンは、ヴァネッサ将軍をおいてほかにはおらん!!」 「も、申し訳ございません……」 若い士官は、素直に耳を垂れた。「ですが、戦闘においてはマシンドールの性能差も大きいのではないか、と……」 「まあ、それはあるだろうな」 それだけ言って、司令は、この話をなかったことにした。 女王のニャベレイは、シロネコを背にのせたまま、ふらふらと飛んだ。 やがて前方に、コバルトブルーの浅瀬に囲まれた島が見えてきた。白い砂浜しかない、小さな島だ。 島には、テレビで見た、巨大なマシンドールが待ちかまえるように腕組みしていた。そのまわりには、灰色のマシンドールがズラリと並んでいた。 シロネコの後方には杏樹羅たちの乗る輸送機が飛んでいた。英代は通信を試みたが、つながらなかった。電波障害のせいだろう。 ニャベレイは島につき、砂浜にひざをついた。 英代は、ニャベレイの背からシロネコをおろすといった。 「さあ! 均を返してもらいましょうか!!」 女王のニャベレイは立ち上がるとジリジリと下がっていった。 「――その前に、わが軍の精鋭部隊が是非、あいさつをしたいと言うのでな……」 「ほーん……」 まわりのものより3倍は大きな赤いマシンドールが前に出た。歩くだけで地面がゆれるように感じる。 ネコミミ将軍は、部下にだけ聞こえる通信でいった。 「まずは俺が当たる。万が一にも取り逃したときは――」 部下がこたえた。 「心得ております。もしものときは、二陣三陣があとに……」 「すまんな。俺も、たまには女王さまの前で、いいところを見せねばならん立場だ」 「将軍の〈ニャンコ・ニャンダム〉に、パワーでかなうものなどおりません。新型の動きがいかに速くとも、つかみ上げさえすれば……」 「そういうことだ」 「ご武運を……! 不敗将軍の御名のままに……!!」 「おうっ……!!」 将軍のマシンドールが大きく一歩を踏み出した。脚だけでも並みのマシンドールより大きい。 ニャンコは胸の前で左右のこぶしを突き合わせた。激しい衝突音がひびいた。英代には、その音が戦いのゴングにきこえた。 将軍のニャンコが、英代のシロネコを見下ろしながらいった。 「こいつがシロネコか。本来であれば女王さまの専用機だったものを……」ニャンコが、じりと前に出た。「どれほどの能力を持つものか、俺でも知らん。試してみたいものだが……。すんなりと返してはくれまい?」 英代は言い返した。 「返して欲しければ、均と由利亜さんを解放しなさい。あとは、以後みんなの自由を保証すること」 将軍は一瞬だけ、女王のニャべレイを見た。 「テロリストのリーダーを返すわけにはいかんな。まあ、むずかしい交渉は事務方に任せている。俺はただ軍人として、そいつの性能を知りたいだけだ」 「つべこべ言わずにかかってきたら?」 将軍はシロネコを鋭く見下ろした。 女王が、2体のマシンドールに射抜くような目を向けながらいった。 「客人に怪我などないようにな……」 将軍が一段、低い声でいった。「そういうことなら……。お手合わせ願おうかっ!!」 将軍のニャンコ・ニャンダムが腰を落とした。威嚇するように両腕を大きく広げる。と、同時にコックピットではシートが変形する。将軍はコックピットの中で立ち上がった。 シロネコのコックピットも、英代の意思を汲むようにシートが形を変えていった。英代は、変形したシートに背中を合わせるようにして立ち上がった。 英代がこぶしをかまえると、シロネコもかまえをとった。 ニャンコが走った。100メートル以上、はなれていたはずが、3歩か4歩で目の前に来る。巨大さゆえの速さだ。地響きをあげながら、山が迫ってくるようだった。 ニャンコが両腕を伸ばした。巨大な手が左右からシロネコに迫る。 「取った!!」 将軍は声をあげた。 ニャンコは、勝利を誇るように、両手につかんだシロネコを高くかかげた。 まわりの将兵たちも、たまらず声をあげた。 「つかんだぞ!!」「将軍の勝ちだ!!」 そのとき―― 「なん……だぁ?」 異変に気づいたのは将軍だけだった。 将軍は、体躯でまさるニャンコでシロネコをつかみ、地面に押しつぶそうとしていた。そのシロネコが頭の高さにいる。 持ち上げたのではない。持ち上がったのだ。 ニャンコの力では、シロネコを抑えきれなかった。 シロネコは空中で巨大な手を振り払った。 「でええええぇぇぇぃっっ!!」英代は叫んだ。 大きな顔に向かって前蹴りを放つ。蹴りは、ニャンコのあごに命中した。ニャンコの顔面は裂け、頭部が180度に折れ曲がった。 「なんだああああぁぁぁぁーっ!?」 将軍のニャンコは大きくのけ反った。背後から倒れ、あたりの砂を噴き上げた。 ネコミミ隊長は、真っ暗なコックピットにいた。 ふいに、明るい空間モニターが目の前にあらわれた。 モニターのネコミミ軍曹はあわてたようすでいった。 「将軍がっ……!!」 「落ち着け」 モニターの光に照らされた隊長は、いつもと変わらない声でいった。 「将軍は功を焦られた。だが、それも想定の内。われらは決められた手順を踏めばいい」 「一斉包囲攻撃!!」 「そうだ。あのシロネコ、やはり恐ろしい……。が、40機を超える精鋭部隊と、われらの波状攻撃にかなうはずがない」 いつになく神妙にうなずく軍曹に隊長はいった。 「カウント合わせ! いくぞ!!」 シロネコのまわりを取り囲む灰色のマシンドールたち。一瞬、たじろいだ気がした。 「まだやんの!?」 英代はいった。が、マシンドールたちは動かない。 シロネコが前に出ようとしたとき、地面に青い影が映った。未来予測センサーの表示だ。 青い映像では、何か大きなものが砂地からわき上がる。 英代はとっさにシロネコを走らせ、青い影のあたりを蹴り飛ばした。 強い衝撃があった。 砂地から出てきたのは、太ったようなマシンドール。裕子が乗っていたものと同じ機体――〈ニャ・O〉だった。 体を出した途端に蹴り上げられたニャ・Oは、砂をまき散らしながら、のけ反って倒れた。 あお向けになったコックピットで隊長は声をあげた。 「いけ! 軍曹っ!!」 「うおおおおぉぉぉっ!!」 同じように砂地から湧き出てきた軍曹のニャ・Oが、シロネコを背後からつかんだ。太い腕を腰に回す。と、各部が変形して8本の腕になった。それぞれがシロネコをつかみ上げた。 「掴んだぞーっ!!」 地中から急襲したネコミミ軍曹のニャ・Oが、背後からシロネコをつかみあげた。 シロネコのまわりを取り囲むマシンドール部隊50数機。その指揮を任されたネコミミ司令は、即座に攻撃命令を発した。 「全部隊っ……!!」 そこまでいって目を見張った。 シロネコは、背中からつかまれているニャ・Oの太い腕をつかみ返すと、やすやすと振りほどいた。 さらに、腕を引っ張る。と、ニャ・Oの腕は、異音とともに胴体から引きちぎられていった。 シロネコは地面に足をつけた。背負うようにしてニャ・Oを放り投げた。 まくらのように飛んだニャ・Oは、浅瀬に落ち、水しぶきを噴き上げた。 〈退却……!!〉 司令は、のどまで出かかった言葉を飲み込んだ。 女王の前で王国軍が退くなど夢にもありえない。 しかし、将たるもの、彼我の戦力差を客観視し、出るべき時は出て、退くべき時は退く――とは、部下たちに何年も教えてきた戦術の基本である。 それに自ら反しようとしている。 「突撃ーっ!!」 司令は命を発した。 シロネコを円状にかこむ、50数機のマシンドール部隊。その輪が猛烈な勢い縮んでいった。 ネコミミ司令は先陣を切った。王国軍では、司令官が前線にいる際は先陣を切るのが習わしだった。 司令はシロネコを捕まえようと、青い装甲の腕を伸ばした。 ――と、ふいに、目の前を白い風が駆け抜けた。 気づけば、伸ばしたはずの腕がなくなっている。 戸惑い、思わず足を止めた。後続に押されて前のめる。 そのとき、司令は見た。 シロネコが、軸足を右から左に入れ替える。 まわし蹴り。 激しい衝撃と加重があった。 気づくと司令のマシンドールは、まわりの部隊をまき込みながら吹き飛ばされていた。 司令だけではない。縮まっていたシロネコの包囲は、まるで花開くように広がっていった。 司令は、あお向けになった真っ暗なコックピットで遠くからするような音を聞いていた。潮と風の音だった。 あまりに強い衝撃でマシンドールのシステムが落ちたらしい。最新のマシンドールではめずらしいことだった。 マシンドール戦において、戦場でのシステムの再起動は死を意味している。 暗闇の中、司令は、自分の勘が正しかったことだけを誇らしく思っていた。 シロネコの二段まわし蹴りには、思いのほか力がのった。まわりを取り囲んでいた数十機のマシンドールを吹き飛ばしていた。 英代は、女王の乗るマシンドールに向かっていった。 「いいから均を返しなさい!!」 「ぐっ……うぅっ!!」 女王はシロネコを見据えた。細い目を大きくしたり、小さくしたりしてうめいた。 そこにネコミミ家臣の声で通信が入った。 「女王さま……」 「何だっ!!」 剣幕を隠さない女王に、消沈したような家臣の声がいった。 「ポチさまを、お引き渡しください……」 「何だとっ!!」 女王はモニターの家臣に目をむいた。 「なぜ私が、あんなやつの言うことを聞かねばならん!?」 家臣は苦しげにいった。 「今、万が一にでも女王さまを失えば、われわれは破滅です……」 「……」女王は押し黙った。 「御身が大事です……」 「くっ……!!」 女王は唇の色が変わるほど噛んだ。となりの席の均を見た。表情を失った顔は、うれしそうでもあり、悲しそうでもある。 女王のマシンドールは、シロネコに向かって歩いた。胸の装甲が開いた。胸の奥にあるコックピットには、女王と均がいる。 英代もコックピットのハッチを開けた。 ふたりは顔を見合わせた。 同時にコックピットシートを前に伸ばす。 女王はシートから立ち上がった。均の手を取って立たせ、英代に引き渡した。 「すぐ返せよ」 英代は均の手を取り、コックピットに引き入れた。 「だれのものかしらねぇ……」 「言うまでもない!!」 と、いうと女王はシートをもどし、胸のハッチを閉めた。 英代は、コックピットの床に均を座らせた。顔をのぞき込んでいった。 「均! 大丈夫だった!?」 「う……ひ、英代……」 均の顔に表情はない。が、いくぶんか安心したようだ。よく見ると額に汗がにじんでいる。 「均は休んでて……」 英代は均を床に寝かせた。 「シロネコ! 床面のモニターをカットして!」 英代がいうと、床にあたる足下のモニターが暗くなった。 コックピットの全面モニターは、まるで空中にいるように感じる。下部のモニターを消すことで、恐怖感をやわらげたかった。 「あ、ありがとう……。英代……」 均は、わずかに表情がもどった。 「さあ、帰りましょう」 突然、大きな破壊音がした。 次に、英代たちの背後で巨大な影が立ちのぼった。 シロネコの何倍もの大きさの影だ。 振り向けば、ネコミミ将軍のニャンコ・ニャンダムが立ち上がっていた。 頭部が取れ、首なしの姿。さらに胸の装甲がなくなっている。内部の黒々とした機械類があらわになっていた。 胸の中心には、巨体に比べて、あまりにも小さな人の姿があった。ネコミミ将軍だ。 ネコミミ将軍は、むき出しになったコックピットから、英代の乗るシロネコを見下ろしていた。肉眼でとらえる敵は、あまりにも小さい。 傷を負い視力を失った将軍の右目が大きく見開かれた。真っ赤な瞳。そのまわりも血が滴るまでに充血していた。 将軍はうなった。 「おのれ……! ネコミミ族、永遠の繁栄を脅かすバケモノ……! アクマ……! 悪魔めっ……! 悪魔を倒せるものは悪魔の力しかない……!!」 将軍は、コンソールに取り付けた赤いレバーに目を落とした。瞳が濁った。 シロネコをにらみつぶやいた。 「だが、もう1度だけ……! もう1度だけ機会を……! 最後のっ……!!」 将軍は頭のないニャンコ・ニャンダムをしゃがませた。砂地にうでを突っ込む。立ち上がると砂ごと持ち上がったのは、巨大な棍棒のような武器だった。 シロネコの全高よりも大きな、その武器をかまえた。 「なんだぁっ!?」 輸送機の操縦席で夏恵來は声をあげた。 「やっと、ひと安心したと思ったら……。見ましたか、ニア博士! あのデカイやつ、自分で胸の装甲を引き剥がしましたよ……」 となりの席のニアはこたえた。 「異常です。何のつもりなのか、私にもわかりません」 「まさか、死ぬつもりで……」 うしろの席にいた杏樹羅がマイクに向かっていった。 「英代さん! 聞こえますね!?」 ノイズまみれの英代の声が応答した。 杏樹羅は強い声でいった。 「自らの命を無駄にしてまで戦いを挑むような相手と、まともにやりあってはいけません! すぐにこの場を離れます!!」 ややあって英代の声がこたえた。 「……無理です! こいつはきっと、どんなに逃げても追いかけてきます!!」 わずかに考えるようにしてから、杏樹羅はよく通る声をあげた。 「……なら、倒しなさい! 絶対に勝つんです!!」 「はいっ……!!」 ノイズにかき消されながら英代がこたえた。 杏樹羅は、シートに腰をうずめた。全身の筋肉のこわばりが伝わってくるようだった。 輸送機は島の上空を旋回した。相対するシロネコとニャンコを見下ろした。 夏恵來は操縦しながら、空が暗くなっていることに気づいた。雲が出ている。風も強くなっていた。 「低気圧が来てるなんて聞いてないぞ……!」 自分たちの真上から広がるような黒雲が、まだ明るい水平線にまで届こうとしていた。 ニアは、眼下のシロネコたちを見据えながらいった。 「シロネコの出力機関――月光ドライブを稼働させているとき、まれに、このような現象が起きることがあります」 夏恵來はおどろいていった。 「じゃあ、この天気はシロネコのせいだって言うんですか!?」 「かもしれません。私は、この現象を〈共振〉と呼んでいます」 「共振って……。何と共振してるっていうんです?」 ニアは、はっきりしない顔でいった。 「宇宙……ですかね」 夏恵來が見下ろすと、コバルトブルーだった海は灰色に濁り、シロネコたちの足元を荒々しい波が洗っていた。風はさらに勢いを増す。嵐が近づいていることは疑い無かった。 「地球が怒っているみたいだ……」 夏恵來はつぶやいた。 指揮艦の艦橋では、まわり取り囲む強化ガラスの窓に雨粒が強く当たるようになっていた。 指揮席に座るネコミミ長官が、天井付近の大型モニターをながめながらいった。 「我が軍の最高司令官どのは、今度は何をなさるおつもりかな」 皮肉だった。 となりの席でネコミミ家臣は、重くなった頭を手で支えていた。マイクを取り、ネコミミ将軍に呼びかけた。 「将軍、本作戦は終了いたしました。武器を納め、すぐに部隊を撤収させて下さい」 将軍から反応はない。 「聞くミミもお持ちでないか」長官が苦笑いした。 家臣は立ち上がり、さらに呼びかけた。 「命令無視は、将軍であっても重罪です。その上、恥の上塗りになるような真似は控えていただきたい。退かないのであれば、まわりの部隊を使ってでも――」 「マルティナさま」 ふいに、背後から声をかけられた。 乗組員の士官が立っていた。指揮の最中に、士官が上官に声をかけることは珍しい。 家臣は向き合い、まじまじと士官を見た。頭上の耳が大きく膨らんでいる。士官が強い緊張状態にあることを示していた。 「何か?」 家臣がいうと、士官は固い表情のままこたえた。 「ヴァネッサ将軍の思うままに戦わせてあげて下さい」 家臣が黙っていると、長官が茶化すようにいった。 「作戦の進言か? 我が軍も変わったな!」 家臣はいった。 「気持ちはわかる。が、すでに決着はついた。もはや戦う意味もない。女王さまの軍隊を無駄に消耗させるわけにはいかないのだ」 士官は食い下がった。 「将軍は、この戦いに戦士としてのすべてをかけるとまで仰っておりました。なにとぞ……」 「我が軍は女王さまのものである。今は、女王さまの身の安全が第一に優先される」 「それは承知しております。ですが、今回だけは、なにとぞ、お願いいたします……」 はじめて表情を変えて懇願する士官。が、家臣は厳としていった。 「それはできんのだ……」 士官の右手が音もなく動いた。銃が握られている。狙いは家臣の胸だった。 長官を含め、まわりの将兵がざわめいて耳を跳ねた。 家臣は、努めていつもと変わらないようにいった。 「どういうことか」 士官は、無表情になっていった。 「これから言うことを聞いていただきます。我々を含めた、ヴァネッサ将軍以外のすべての部隊を、この地より半径10キロメートル圏外に退かせて下さい。今すぐに、です」 「せめて詳しい説明がほしいものだが……」 士官は、腕をまっすぐに伸ばして銃を構え直した。確実に当たる距離、狙いだ。 「時間がありません。すぐにマルティナさまの名で命令を発して下さい!」 「条件は2つある。あとで委細を説明する。何より、女王さまの安全を確保する――」 「もちろんです……」 「なら、従おう」 「おい……」 長官が座ったまま、目だけを家臣に向けた。 家臣はこたえた。 「今は仲間内で争っている時ではありません。ここは言うことを聞きましょう。敗軍の将ですからな……」 「ありがとうございます。マルティナさま……」 長官は、つまらなそうに曇り空を眺めた。 「何て日だ……」 銃をかまえる士官は、まわりに目配せして声をあげた。 「操舵士以外のものは、両手を上げて頭の後ろで組むように。マルティナさま、長官もです」 長官が座ったまま両手をあげた。 家臣は士官に向き合いながら、ゆっくりと両手をあげた。頭のうしろで手を組もうと、ひじを折る。右手の先が左腕の袖に触れた。硬い感触がある。 家臣は袖に仕込んでいた鞘から、針のように細いナイフを一気に引き抜いた。同時に倒れるほど体を横に傾ける。倒れ落ちる寸前――銃をもつ士官に向け、ナイフを投げ放った。 ――ダンッ!! と、爆発音がして、銃が火を噴いた。 士官は、短くうめいて銃を落とした。右腕には深々とナイフが刺さっていた。 士官は、なおも銃を拾おうとした。が、まわりから駆け寄った兵士たちに取り押さえられた。 家臣は立ち上がった。床に押さえつけられた士官の首にひざを落とし、その右腕を取った。 ことが済んだのを見て、長官がやおら立ち上がった。 「やれやれ……」 長官は、床に落ちた銃を拾いあげた。弾丸は天井近くのモニターを撃ち抜いていた。弾痕からは白い煙が出ていた。 「こんな旧式の銃ひとつでクーデターとはな。恐れ入ったよ。背景まで調べねばならんな……。仕事を増やしてくれたもんだ」 長官は、床に押さえられた士官に銃の狙いをつけた。 家臣はいった。 「長官。今は、そのようなおもちゃの銃で遊んでいる場合ではありません」 「おもちゃの銃か……」 長官はにぶく光る銃身を見た。安全装置を入れると、銃を座っていた席に放り投げた。 「貴公がそう言うなら、そうしよう」 家臣は、士官の腕に刺さったナイフを抜き捨てるといった。 「神経毒だ。口がきけるうちに言え! お前の考える最悪の事態は何だ!?」 「うぅっ……!」 士官は目を閉じてうめいた。あきらめたように耳をたらした。 女王はコックピットから、将軍のニャンコ・ニャンダムを見上げた。 ニャンコは巨大な武器をかまえ、シロネコと向かい合っている。 女王はマイクに向かっていった。 「ヴァネッサ! 何をしている! 退け! シロネコにはポチがいるのだぞ!!」 ネコミミ将軍はこたえない。 家臣の声で通信が入った。家臣は、慌てたようすでいった。 「女王さま、緊急事態です! 今すぐ、この地から離れて下さい!!」 女王はいい返した。 「ヴァネッサを退かせよ! ポチがいるというに……! やつを止めろ!!」 「戦略核ですっ!!」 家臣の絶叫が耳を突いた。 「何!?」 「将軍はマシンドールの中に戦略級核兵器の弾頭を2つ隠し持っております! すでに裏付けも取れました! 起爆すれば、半径10キロ圏内が火の海となります! 今すぐお退き下さい!!」 「……」 にわかに信じられなかった。が、いつも冷静な家臣の慌てようは尋常ではない。嫌な予感が、直感と結び付いた。 女王はニャンコを見てうめいた。 「バカなっ……!!」 紺色のニャベレイが2機、女王の機体に左右から近づいた。同型の2体は、女王のニャベレイを両脇からつかんだ。 「何をする!!」 女王がいうと、ニャベレイの士官はいった。 「お許し下さい」「このまま半径10キロメートル圏外まで避難いたします」 女王の白いニャベレイは、両脇を持ち上げられて浮かんだ。 「離さんか! ポチがっ……!!」 女王の抗議を無視し、3体のニャベレイは島をはなれていった。 上空の指揮艦から、ネコミミ長官は、島の部隊が引き揚げて行くのを見下ろしていた。 「我々はどうするのだ」 ネコミミ家臣がこたえた。 「全ての部隊が退避するまで、ここで指揮を取ります。そのあとは、ヴァネッサ将軍が思いとどまるよう、説得を続けます」 長官は向き直っていった。 「将軍は乱心している。あやつのために我らまで危険を犯す必要はあるまい」 家臣は表情を変えずにいった。 「仕方ありません。それが指揮官の仕事です」 「やっぱり、最悪な日だな……」 長官は口をとがらせた。小柄な身体を席に放り投げるようにして腰を埋めた。 まわりの将兵らを見ると、それぞれが他人に悟られぬよう、何ものかに祈りをささげていた。 水平線は、雲に覆われた空と見分けがつかなくなっていた。 こぶしをにぎりながら家臣はいった。 「ネコミミ王国、永遠の繁栄のため――であります」 シロネコのコックピットから、英代はニャンコ・ニャンダムを見上げた。 ニャンコは、巨大な鋼のこん棒ような武器を、まっすぐにかまえている。威圧感があった。 英代はコックピットの床に座る均にいった。 「ちょっとだけ揺れるから、どこかにつかまっていて」 「う、うん……」 均はコンソールの下あたりをつかんだ。心配そうにいった。 「大丈夫か……?」 「平気よ。まかせて」 英代はいった。 前のモニターに、未来予測センサーの表示があらわれた。赤いニャンコ・ニャンダムに重なって映る青い映像。鋼のこん棒を、いなずまのような速さで振り下ろした。 英代はいった。 「シロネコ、未来予測センサーをオフ!」 青い映像が消えた。 英代は両手を高く上げた。動きに合わせてシロネコも両手を上げる。 シロネコは、背中から伸びる2本の剣の柄をつかんだ。ゆっくり剣を引き抜く。両腕を伸ばし、高く剣をかかげた。 再び、ひじを折り、背に隠すように剣をかまえる。 英代は声をあげた。 「絶対の勝利!!」 将軍は、あっけにとられたような顔をした。すぐに、まゆを吊り上げていった。 「なぁにが絶対だ! ならば、俺は永遠! 永遠の不敗だっ!!」 シロネコとニャンコは武器をかまえながら向かい合った。距離は約100メートル。 ふいに、シロネコのコックピットに通信が入った。ニアの声だ。 「ハイ・ヒートソードの先端が超高熱を発生する時間は0.01秒ほどです! 一気に振り抜いてください!」 「いきますっ!!」 英代のシロネコは走った。ニャンコの巨体が、さらに大きくなって見える。 40メートルまで近づいた時、ニャンコが動いた。両手に持つこん棒を振り下ろした。残像もない速さだ。 こん棒の先がシロネコの頭部に迫った。 「やああああぁぁぁぁっっ!!」 英代は叫んだ。左腕を一気に振り切った。短い剣の先がこん棒にふれた。 ――目もくらむほどの光だ。 シロネコの剣先が強い光を放っていた。 コックピットの中が真っ白になった。自分の手先も見えない。 外では光とともに高熱が発生していた。あたりの空気が一瞬で膨張する。爆発するように砂と雨粒を噴き上げた。 視界がもどった。 ニャンコのこん棒は、先端から手元まで真っ赤な切り口で大きく裂けていた。 英代はシロネコを走らせた。巨大な脚の間をすり抜ける。走りながら右手の剣を振るった。 再び強い光が発した。剣は、ニャンコの左足をひざから切断していた。 ニャンコは、ゆっくり傾いた。立ちひざをつくように足先のないひざを砂地につけた。 「ここまでかっ……!!」 将軍は、うつ向いて声をしぼった。顔をあげると赤いレバーがあった。 夏恵來の声で通信が入った。 「英代ちゃん! 高度100まで下げる!!」 見れば、夏恵來たちの乗る巨大な輸送機が低空でこちらに迫っていた。 「はい!!」 英代はタイミングをはかった。 片ひざを立てて背を向けるニャンコに向かって走った。 シロネコは、ニャンコの背を駆けあがった。肩を踏み台にする。飛んだ。 輸送機の出すフックを両手でつかんだ。 機体は高度を下げる。が、態勢を立て直すと海面の上を飛んだ。徐々に高度をあげて島を離れていった。 敵は、まだ1キロメートルも離れてない。充分、射程内だ。 将軍は赤いレバーを右手でつかんだ。 「ぐっ……うぅっ……!!」 レバーを引き倒そうとする。しかし、力が入りすぎて腕が動かない。自由になる左手をそえた。 両手には渾身の力が入っているはずだ。が、レバーは動かない。 額から汗がこぼれた。暑くもないのに全身から汗が吹き出ている。次第に、自分が力んでいるのか、脱力しているのかもわからなくなっていた。 「ぐうぅぅっ!!」 上半身をレバーに覆いかぶせた。感覚のない腕ごと背を曲げる。と、ようやくレバーは動きはじめた。 体ごとレバーを押し倒した。 「おさらばです……!!」 将軍は目を閉じた。 最後にまぶたに浮かんだのは、やはり微笑む母の顔だった。 ――ヴァネッサ!! 鋭い大音響がした。 将軍は、重いまぶたを開いた。 露出したコックピットの前に、女王の白いマシンドール――ニャベレイが浮かんでいた。 レバーは倒し切る寸前だった。 「女王……さま……」 将軍は、かすれた声を発した。 翼のような肩の一方を失った女王のニャべレイは、ふらふらと飛んでいた。コックピットのハッチが開いており、女王はシートから身を乗り出している。鋭い目つきでいった。 「ヴァネッサ……! 何をしているっ……!!」 「わ……わたしは……」 将軍が言葉を探していると女王は声をあげた。 「ここは私の星だ! 私のものを、私の許可なく傷つけることは、絶対に許さんっ!!」 将軍は、石像のようになった両手をようやく引き離した。溶けるようにへたり込んだ。 女王はニャベレイを地上におろした。 コックピットから、ひざをついて座るニャンコ・ニャンダムを見た。上空の艦艇からおりた紺色の機体が、まわりを取り囲んでいる。装甲のない露出したコックピットから、将軍が兵らに連れていかれていた。 雲の切れ間から陽光が差し込んでいた。しかし、気持ちは晴れない。胸が痛かった。 水平線に目を向けた。ポチをのせた輸送機は、すでに見えなくなっていた。 ふいに、ノイズにまみれた通信が入った。 「あー、もしもし?」 スピーカーからひびいたのは、嫌でも聞きなれたまぬけな声。山本英代だった。 「女王、聞こえてる? ……ニアさーん、これ通じてませ……、え?入ってる?」 「山本英代……!」女王は声をあげた。「貴様ぬけぬけと! 何の用だ!!」 「あ、聞こえてた。あのさ、あなたにひとことだけ言ってあげたいんだけど……」 「テロリストの分際で……!!」 「あのね。私は別に、あんたが均と遊びたいってのを邪魔するつもりじゃないのよ」 「……」意外な言葉に女王は黙った。 「ただ、まわりの人たちを心配させないでほしいだけ。できたら、私もね」 英代はつづけた。「あと、何より、均の言うことを、もっと聞いてあげてほしいのよ」 「ポチの言うことだと……?」 「そう。ポチ……じゃなかった、均は、何か言いたいことや、お願いはないの?」 《ポチ……》 女王はスピーカーに4つの耳をそばだてた。鼓動が早くなっている。 「俺は……」 ぼんやりとした均の声がした。「今まで通り、みんなと学校に行けたらなって……」 女王は聞き返した。「学校……?」 〈余計なことを……!!〉 〈うっ……!〉 わずかなうめき声がしたあと、ポチの声はしなくなった。 英代がいった。 「じゃ、そういうことだから。これからもよろしくね。ネコミミ☆ジャパン国王さん」 通信が切れた。 女王は胸のリボンタイをつかんだ。胸の痛みは変わらない。しかし、暖かなものがこみ上げていた。 取り押さえられたネコミミ将軍は、即日、中国にあるネコミミ北京城の地下監獄に拘束された。地下999階にある牢には、最重罪を犯したものだけが入れられる。 牢は広い。が、真っ暗だった。単に、今が夜だからかもしれない。 ふいに、向かいの牢で人の気配がした。だれもいないと思えたのは、囚人が寝ていたからだ。囚人は、暗やみの中で起き上がった。こちらを見た。 「なんだ……。まだ夜か。ごそごそするから、もう朝になったかと思った……」囚人はねぼけた声でいった。「お隣さんか。珍しいな。あんたは何をしたんだ? クーデターでもしたのかい」 暗やみで囚人は笑った。が、もとより将軍はだれとも話すつもりなどなかった。 「罪人と話すことなどない……」 「ふふ……。やんごとなき御方か。まあいい。長くなるようならよろしくな。相づちぐらい打てるだろ……」 そういって囚人は横になった。また寝たようだ。 さらに数時間がたった。あたりはまだまだ暗い。 奥の通路から足音がした。ネコミミ族の兵士が牢に近づいてきていった。 「将軍……いえ、ヴァネッサさま。貴方の刑罰が決まりました」 将軍は、暗やみの中の兵士にいった。 「早いな。当然か……。命令に反し、あまつさえ女王さまのお命を危険にさらしたのだ。極刑はまぬがれまい」 兵士は、持っていた書類を重い口調で読み上げた。 「申し上げます。元最高司令官ヴァネッサ・ミケ・ギーネ。その処罰は地球からの永久追放。即刻、本星へ強制送還とする」 「……あとは」 「以上です」 将軍はおどろいていった。 「それだけか……! これでは軽すぎる。全体の士気にも関わろう。もう俺の言うべきことではないが……」 「ひとつだけ。女王さまより伝言をお預かりしております」兵士は書類を見ながらいった。「『病身の母上を看よ』とのことです」 将軍は深く頭を垂れ、うつむいた。 「そうか……」 暗やみの中で、左目から光る粒が落ちた。 その後―― 英代と均は、心労で入院していた均の母のもとを訪れた。感動の再会、と思いきや、病室で均はこっぴどく叱られた。その怒りのさまは、となりにいた英代まで、何か悪いことをしたような気分になるほどだった。ただ、均が帰って安心したのだろう。均の母は、その日のうちに退院した。 あと、均のお願いが効いたのか、廃校になるはずだった雲ヶ丘中学校は、9月から何事もなかったように2学期がはじまった。 こうして英代の夏休みは終わった――。 この約1年後、消費税は計画通り100パーセントまで引き上げられた。が、生鮮食料品と書籍類には軽減税率が適用されることになる。 ――だけど、それはまた別の話だ。 |